セミリタイアして別荘地に住んでみる

那須の別荘地で緩~い田舎暮らしの実験中です

「充実した日々」とは何でしょう?

サラリーマン時代の長期休暇は時に時間を持て余し、観光地などの映像がテレビで流され、皆が楽しんでいるのに自分だけが何もせずに家に閉じこもっているのではないか?と被害妄想と錯覚を起こし、大して行きたいとは思っていない場所を訪れてしまったりする事が多々ありました。

この思考回路は「幸せ」や「充実した日々」を他人との比較で相対的でしか判断できないという考え方で、本来は自分の絶対的な価値観を確固として持っている人はブレないのだと思います。

貴賤にかかわらず、人間の基本動作は皆同じで「起きて、食べて、出して、寝る」という大いなるマンネリを繰り返している訳ですが、ここに仕事が加わると日々が多忙となり「幸せ」や「充実した日々」など余計な事を考えずに済んでいるだけで、日々が充実していると錯覚しているだけのようにも思います。

アーリー・セミリタイアした場合、上記の仕事のピース部分がごっそり抜け、暇(自由)な時間と置き換わる事で、人によってはサラリーマンの長期休暇のように「充実していないのでは?」と感じてしまうのが、リタイア後の暇問題なのだと思います。

しかし、他人に左右されない自分の絶対的価値観とは、悟りでも開かない限り会得することが難しく。私自身もブログを書いて「こんな生き方で良いよね、大丈夫だよね」と他人様に暗に同意を求めているようで、確固とした絶対的な価値観を持ち充実した日々を送っているとは言い難いのが現実です…

そもそも、自分にとっての「幸せ」や「充実した日々」とは何かと問われても、描けていないので、他人に左右されない悟りの境地は程遠いのだと思います。

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