セミリタイアして別荘地に住んでみる

那須の別荘地で緩~い田舎暮らしの実験中です

DEATH「死」とは何か(シェリー・ケーガン著)

最近知的活動ができていない自分への戒めから「死」とは何か イェール大学で23年連続の人気講義という難解そうな本を図書館から借りてきてきました。

内容は「死」について個人の宗教観や死生観等を排除して、徹底的、客観的に検証しようとするもので、中々興味深い内容でした。

「死」は本当に悪いものなのか?の検証から始まり、悪いとすれば何が悪いものなのか? そもそも死とは身体機能の喪失なのか?人格喪失なのか?という疑問や脳死問題、安楽死、自殺に関連する議論も道徳的な感情は排除しつつ、客観的にアプローチする議論が進んでいきます。

著者は死の「剝奪説」を支持し、「死とはもし1年、5年、10年長く生きていれば、得られたかもしれない良いもの(事)を剥奪するものだから悪い。」という考えが理解し易いだろうとの考えに至ります。この剥奪説についても本では理屈、屁理屈?を交えながら反証されていきます。

「死」については多くの人は忌み嫌うもので、臭い物に蓋をするようなテーマではありますが、個人的には漠然と「平均寿命までは生きたいかなぁ…」程度の感覚でしたが、自分の死は家族や友人との別れも悲しいですが、死んでしまうと楽しい飲み会に自分だけが誘われていないような孤独感、私よりも長く生きる人(楽しい事を経験できるかもしれない人)への嫉妬のような感情? 使いきれなかった財産を無条件に没収される虚しさ等の複雑で生々しい心情が入り混じっている事に気付かされます。

本の議論では剥奪説が正しいとすれば「不死」が理想なのか?多くの人は1000年、1万年生きる事は望んでいないが、この矛盾はどういう事か?(確かに1000年生きろと言われたら苦行ですね)

自身の死後の剥奪されるであろう5年、10年に対しては自身の運命を呪い、悔しさ、悲しい感情を持つが、生まれる前の5年、10年(早く生まれていれば剥奪されなかった/死後も生前も仮定なので条件は同じ)には何の感情を抱かないとはどういうことか?

この本は特に”生き方”や”生きる指針”などを提示してくれるものではないので、私のような凡人には考えを提示されるだけで結論もない議論なので、多少消化不良にはなりますが、一方で押しつけがましくなく「なるほどねぇ~」と色々な考え方を比較する事できます。是非、秋の夜長の1冊にどうぞ。

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